老化ははたして避けられないものなのか

老化は、片道切符で一方通行のプロセスだといわれてきた。肉体は自動車と同じように、利用するたびに擦り減っていくのは避けられないと思われてきた。自動車は、走行距離が二〇万キロほどになると、あちこちのパーツやシステムが不調を訴えはじめ、まもなく、運搬用具としての機能を停止することになる。

この考え方は、理に適ったもののように思われる。事実、医師が老化による病気に施す治療法は、この思想を基盤にしている。医師は、基本的に調整、修理、交換の作業を行っている。うまく動かなくなった部分を調整し、調整ができなければ修理し、修理ができなければ交換するというシステムである。肉体に対するこのような機械的な扱いの中には、老化と死は整合性のあるシステム内での欠陥が露圼したものだという思想が含まれている。

しかし、私たちはかなり前からその考え方は妥当なものではないと気づいている。肉体は機械ではない。肉体は、ただ擦り切れるばかりではない。人間の肉体は、毎日古い細胞を新しい細胞と交換することで再生している。交換されることがないのは、脳細胞と歯の表面の細胞、女性の卵子だけである。

細胞に関する基礎研究は、老化に関して新しい見解を提案している。それは、「老化は、肉体というシステム内の欠陥によって発生するものではなく、それ自体がシステムである」という見解である。

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