老化がコントロール可能であることを示唆する数々の事実

私たちはまた、「老化はコントロール不可能なプロセスではないかもしれない」と考えるようにになった。その理由について、これから述べようと思う。

多くの生命体は、ほとんど不死身である。人体の細胞とは違い、アメーパやバクテリアといった単細胞生命体は、一般的な観点から言えば、決して死ぬことがない。それらは、高熱や特殊な放射エネルギーにさらされたり、他の生物に食べられたりして消滅しないかぎり、自分たちの遺伝的コピーを作り、自らを再生することで永遠に生きつづけている。

しかし、もっと複雑な生命体の内部では、そのシステムに違いがある。たとえば、人体の細胞は単細胞生命体と同じように再生してはいるが、その回数に明らかな限界がある。私たちは、
「人体の細胞を実験室内で培養すると、約五十回の分裂を繰り返した後、死にいたる」という事実を認識している。この限界は、最初にこの限界を発見した生物学者の名前にちなみ、「ヘイフリック限界」と名づけられている。高年齢の人の細胞は、当然この限界に到達することになる。

この代謝性時限爆弾は、単純で原始的な生命体の中では発見されていない。複雑な多細胞生命体だけがもつ性質である。その事実は、老化のプロセスが、生命体の複雑化の過程で進化したものであることを示唆している(ヘイフリック限界に左右されない唯一の人体細胞、つまり、培養液中で無限に再生と成長を続けることのできる人体細胞は、ガン細胞だけである)。

さらに、「進化した生命体は著しく異なった寿命の長さをもつ」という事実がある。カリフォルニア州にある「メシューゼラ」(「旧約聖書」創世記第五節第二十七章で九百六十九歳まで生きたとされているユダヤ族長の名)と名づけられた松の木は、すでに四千七百歳にもなっている。人間の平均寿命の五十倍を超えていて、しかも、いまだに生殖能力がある。白ハツカネズミ(遺伝子構造が人間とよく似ているために実験に多用されている)の平均寿命は二、三年に過ぎない。人間に最も近い動物だとされているチンパンジーの平均寿命は、人間の半分以下である。

しかし、同じ生命体同士の老化のプロセスは、驚くほど酷似している。私たちは、ときどき路上を歩く「アンティーク(古代人)を見ることがある。だが、それらの最も長生きしている人 の年齢もせいぜい百二十歳{平均寿命の一・五倍程度)止まりだろう(自動車にたとえれば、一九七〇年製といったところか)。

カーニバルなどで出店を張っている予言者は人々の年齢を言い当てることで小銭を稼いでいるが、彼らがその商売を続けられるのは、人間の老化レベルを示す肉体的徴候が、共通のスヶジュールに従って発生しているからである。そのような「芸」に関しては、アマチュアである普通の人でも、ほとんどの人の年齢を五歳程度の許容範囲で言い当てることができるではないか。

以上の観察結果のすべてが、「老化は、毎日の悲運の石つぶてや矢弾の雨の影響で進むものではない」ことを示唆している。言い換えるなら、「老化は、内部の生物学的な時計によってコントロールされている」ことになる。それにもかかわらず、老化にともなう病気の予防法と治療法のほとんどは、「外部の要素をコントロールする」ことに限定され、原因にではなく対症療法に終始しているのが現状である。

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